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フェアトレード への取り組み

一杯のコーヒーから“自立”の花を。トップバリュフェアトレードコーヒーの故郷を訪ねて。
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麻薬原料の栽培地からの脱却

タイの古都チェンマイから北西に車で約4時間、急峻な山道の果てに建つ質素な集落群。標高約1500メートルの山腹に、へばりつくようにドイチャン村はあります。周りを山に囲まれ閉ざされたこの一帯は、かつて世界でも有数のケシ=麻薬原料の産地でした。貧困に悩む山岳民族にとってケシ栽培は貴重な収入源でしたが、政府の麻薬撲滅運動を受け、彼らは代替となる換金作物を探し求めます。その成功例がコーヒーでした。高質な品種であるアラビカ豆の栽培に適していた地の利もあり、何より世界に笑顔で迎えられるものを作りたいとの強い願いが、村人たちにはありました。
ドイチャン村はアカ族やリス族約400世帯からなり、近隣16村で構成される「タイ山岳民アラビカコーヒー生産・マーケティング協同組合」の中心的な存在。現在60世帯が組合員で、村のコーヒー栽培責任者アー・ルンさん(31)は組合長も務めています。村の収入の80%を占めるコーヒー栽培について「ケシを栽培していた頃より、生活は良くなりました。家族に服を買ってやったり、子どもたちを学校に通わせられるようになったのです。何より嬉しいのは、非合法な仕事をせずにすむこと。そしてコーヒー栽培の技術をもっと向上させて村の発展につなげていきたいですね。」と語ってくれました。

遠い日本の地で「トップバリュ」として商品化された、自分たちのコーヒーを見て、村人たちの顔に、明るい笑みが広がりました。

成長を支えたフェアトレード

村から車でさらに10分ほど、急な小道を登るとアーさんの畑があります。下草がきれいに刈られた斜面には、2メートルほどに育ったコーヒーの木がずらりと並んでいます。どの木もぎっしり緑色の実をつけ、赤く熟して収穫される12月を待っています。この日の村人は、不良豆を除く作業に余念がありませんでした。高品質を維持するために必要な作業です。
栽培技術の指導や組合の立ち上げにNGOとして深く関わってきたアメリカ人の農業技術者、マイケル・マンさん(48)は「コーヒーの生産量はここ10年で急増し、組合は今年、アラビカ豆を90トンも出荷できるほどになりました。私が指導を始めた当初の6年前には、たった4トンだったんですよ」と誇らしげに話してくれました。
急成長に大きな役割を果たしたのは、マンさんらが導入した組合方式、そしてフェアトレードへの参加でした。零細農家の方たちは組合に参加することで情報を共有し、利益を等分し、お互いに助け合うことを学びました。その成果として1998年にはFLOに承認され、自分たちの利益を守って自立を目ざす態勢が、より確かなものとなったのです。

タイ北部の山岳地帯は高品質の豆に適しています。チェンマイからは四輪駆動車でないと訪れるのは困難です。
コーヒーの木はアカネ科の常緑樹。日陰を作るため、レイシやマンゴーの木と共に植えられます。

その1杯にこめられるもの

問題はこれからです、とマンさん。「今は村民に、より多くの分配金を渡すことが最優先の段階です。組合に必要な車や設備の整った倉庫は後回しになっていますから、収益をさらに上げていくことが課題となります。目標は生産量の倍増ですが、実現すれば組合は自立でき、運営も彼ら自身で行えるようになるでしょう」
ほかにも旧来の仲買人とのあつれき、長期パートナーと市場の確保など、課題は少なくありません。マンさんは、ひとつのメドとして5年後を考えています。
イオンでは昨年、ドイチャン村およびパッカ村から、計16トンの豆をフェアトレードによって仕入れました。大口の取引先が得られたことに組合は喜んでおり、生産量の安定とさらなる品質向上に取り組み、今後の末永い取引を強く望んでいます。

マンさんからのメッセージ

「皆さんが1杯のコーヒーを飲むとき、このコーヒーはどこから来たのか、そして自分が支払った代金はどこへ行くのだろうか…と、ぜひ想いを巡らせていただきたいのです。1杯の代金を、貧しい農民たちが自立する資金の一粒にできるということを、知ってほしいですね」

日本から持っていった製品を味見するアー・ルンさん。自分達のコーヒーにこだわりがあります。
イオン21受賞者のご厚意により、賞金の50%が産地に寄付されました。新しい皮むき機で生産効率も上がっています。
「市場が評価されるには品質管理が重要」と語るマンさん。

このページは2005年12月発行「イオンマガジン」Vol.16の掲載記事をもとに作成しました。
数値、情報は当時のものです。

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