食の未来を考える人たち。<岩手>啄木が後世に示す、“食”の在り方

美しく雄大な岩手山を間近に仰ぐ岩手県盛岡市渋民地区。明治の歌人・石川啄木が教鞭をふるったゆかりの地です。ここに、啄木が残した日記や詩を元に、食育活動を行っている人がいます。

石川啄木記念館の学芸員・山本玲子さんにお話をうかがいました。

質素でも、ふるさとで採れたものは何にも比べがたくおいしい

啄木が残した日記や手紙を読んでいると、お腹が空いてくるんです(笑)。その日何を食べたかということが、たくさん出てくるんですね。

例えば啄木が渋民尋常高等小学校で先生をしていたときは、夏休みに朝早く起きて、啄木が生命(いのち)の森と呼んでいた愛宕の森を散策していました。家に戻ると、奥さんが朝の食事の支度をしている。啄木の前に出したものは、ご飯とじゃがいものみそ汁と、きゅうりの漬物。質素な食べ物ではありますけれども、「ふるさとで採れた野菜は、何にも比べがたくおいしい」ということを書いているんですね。

今はとても食べ物が豊富で贅沢になってきているんですけれども、そんな安全で安心な食べ物、これが何よりのごちそうだということを子供たちに知って欲しいのです。

岩手県の小中学校では「先人の食事」というテーマで、給食に岩手県出身の著名人が食べた食事を出す企画を行っています。そこで啄木を取り上げたいと相談をいただき、申し上げたようなメニューを提案いたしました。ただ、ものをおいしく食べるためには、黙ってじっとしていてはおいしくないんですね。うんと動いて、本当にお腹が空いていれば、何でもおいしくなるんですよ。そう、啄木が散歩してそれから食卓に向かったようにです。

文学散歩と「啄木膳」

食育活動では、私たちは独自にここで「啄木学級」というイベントを行っています。

まず記念館の庭に移設されている──実際に啄木が学び、啄木がそこで先生をしていたという明治17年築の──旧渋民尋常高等小学校の建物でいろんなテーマの授業を行います。そこから文学散歩と称しまして、この記念館の周りの啄木ゆかりの井戸や森をぐるっと回りながらお話をします。それで最後歩き疲れた頃に、近所のイオンで当時の啄木が食べたものと同じメニューを再現した「啄木膳」というのを食べていただくんです。

これもやっぱり、スポーツと食事を組み合わせたものなんですよ。

季節によって献立は変えます。この前は9月でしたから、キノコが出てきたんです。啄木もよくキノコを採っていました。それから「津田志の芋の子が恋しい」とも述べた里芋を出したり。こういったイベントを2カ月に1回開催しているんです。

家族や年中行事に結びついた食文化を伝えていきたい

そうした活動で最近のお子さんを見ていると、食事をするときに家族みんなで食べていないんじゃないかな、と感じることがあります。

啄木もよく食べていたように岩手はお豆腐の消費量が日本一なんですね。でも最近、お豆腐が嫌いな子もいるらしいんです。お豆腐というのは一丁が家族単位なんですね。最近は小さいパックもありますけど、基本的に一人分という買い方ができない。ということは家族みんなで食べるというシーンが減っているんじゃないかなと思うわけです。

食の季節感も薄れていますよね。この前私もキノコを採ったんですけれども、自分が手をかけた食材を混ぜご飯にして食べるというのは、どこか気持ちが豊かになるんですよね。昔からの年中行事も必ず食と結びついています。そういった季節感や地域の文化を子供たちにも伝えていきたいですね。

子供の頃の経験は大人になった頃に生きるだから、食育の結果をすぐに追い求めない

ですので、今後もイオンのような小売さんも一緒になって子供たちに地域の伝統食を伝えていっていただきたいですね。今協力いただいている啄木膳も、こちらからいろいろ注文しますので──もちろん今も十分ですけど──その季節にあったものを出していくと、啄木の気持ちも食を通じて伝わります。2011年の啄木100回忌には、盛岡のイオンさんも何かイベントをされるということで、とても期待しています。

こういう地道な活動を続けて5年後10年後、この地域の子供たちがご飯とみそ汁と、きゅうりの漬物。それだけでおいしいと思えればいいですね。今は、子供たちは「何でこんなものを」という風に捉えるかもしれません。でも、ハンバーグ食べたいとか、カレー食べたいとか思いながら食べたとしても、成長したときに、あのときのあれが素朴でおいしかったと思えるようになれば嬉しいですね。

食育はあまり結果をすぐに求めないほうが良いんですよ。私だって、子供の頃あまりお餅を食べられなかったんですけれども、最近になってお餅もおいしいですから(笑)。

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